“メイド・イン・ナガサキ”の上質なものづくり
株式会社 ディアー・カンパニー(長崎)
1自然に還る白なめし革に魅せられて
長崎県の島原半島に24ヘクタールの鹿牧場を有するディアー・カンパニー。そもそもは健康食品の原料となる袋角の生産からスタートし、後に鹿肉の加工にも着手。約20年前より副産物として出る皮の製品化にもチャレンジしてきたが、スムーズに事は運ばず、いつしか棚上げ状態となっていた。
同社の代表取締役である八木紀子さんによると、「トントン拍子で事態が動き始めたのは、新敏製革所の新田さんとお会いしてからです」。新敏製革所は兵庫県姫路市を拠点とするタンナーで、社長の新田眞大さんは白なめしの技術に習熟している職人である。
ちなみに白なめしとは、薬品を使わず自然の恵みを活用して皮をなめしていく手法のこと。「人間は自然に生かされている」という考えを持つナチュラル志向の八木さんは、古来より伝わる白なめしに大いに惹きつけられた。
「白なめしでつくられた革は自然由来のものしか使っていないから、土に還すことができます。そのことを知ったときは、これしかない! と思いました」
かくして八木さんは、万葉集にも登場する伝統色「朱華(はねず)」と命名したブランドを始動。白なめしの革を用いた「白(しろ)」に加え、タンニンなめしの革を使った「貴鹿(きろく)」というラインも展開することとなった。
2丁寧な手仕事で女性らしさを表現
八木さんの依頼を受け、新敏製革所でなめされた革を使ってプロダクトを製造するのは、長崎県大村市に「銀職庵 水主(ぎんしょくあん かこ)」を構える職人、中山智介さんだ。
中山さんは歯科技工士の職を経た後、2008年に工房を設立。皮革製品および貴金属製品の完全受注生産を行っている。八木さんとは2015年に物産展で出会い、ものづくりに対する姿勢で意気投合。こまやかな仕事ぶりを見込まれ、朱華のアイテムを製造することになった。
「白なめしの存在自体は知っていたのですが、初めて見たときは本当に感動しました。なめし剤を使わない究極のエコレザーをつくる過程で、新田さんが一切妥協していないことが伝わってきたんです」
最高の素材を目の前に胸の高鳴りを覚えたという中山さん。「女性らしいプロダクトをつくってほしい」という八木さんのオーダーを受け、何度も試作を重ねて完成に漕ぎつけた。
「男性向けのアイテムだとコーナーが直線になりがちですが、丸みのある曲線にして当たりをやわらかくしています。加えて、極力金具の使用を避けたことも特徴です。展示会では想像以上の反応があって、嬉しかったですね」
中山さんの仕事は流れるようでありながらじつに丁寧。こうした工程を経て、副産物である皮にふたたび命が吹き込まれる。
3自然由来の革に植物の命が折り重なる
プロダクトを完成させるまでには、もうひとり欠かせない人物がいる。長崎県雲仙市にて染織工房「アイアカネ工房」を営む作家の鈴木てるみさんだ。鈴木さんは中山さんを介して八木さんと出会い、朱華に携わることになった。
鈴木さんが担当する工程は、「白」のプロダクトを製造する際に使用する革の藍染。乳白色の革を鮮やかな藍色に染め上げていくのが仕事である。
「はじめは革を染められることさえ知らなかったので、色が入ったときはとても驚きました。乾燥させると硬くなってしまうのが難点ですが、新田さんからいろいろと手ほどきを受けてやわらかくする方法を少しずつ学んでいます。染色を重ねれば重ねるほど深みのある色合いになっていくので、やりがいがありますね」
ほかのメンバーとも相談し、今後は茜を使って革を朱華色に染色することも考えているという鈴木さん。小高い丘にある工房からは、青き橘湾と橙色の夕陽を望めるが、そんな場所で「藍」と「茜」を扱うのも、何かの縁かもしれない。ブランド名にちなむ色合いのプロダクトが完成した暁には、さぞ話題となるだろう。
長崎県に根を張る3人が協力することで、“メイド・イン・ナガサキ”のブランドとして軌道に乗り始めた朱華。新田さんの心強いバックアップを受け、世界に向けて飛び出すチャンスを虎視眈々と狙っている。