素材から作りまでメイドインジャパン。
★ 閲覧したアイテム

日本の皮革製品メーカーMaker

変わらぬ勇気を貫くものづくりで普遍性を追求
株式会社 いたがき(北海道赤平市)

同社の代表作である鞍ショルダー。曲線が美しい。

使い手に寄り添い育つタンニンなめし革を使用

北海道赤平市。清澄な空気が満ちる風光明媚なこの地は、かつて炭鉱産業とともに発展し、現在はものづくりの街として未来への礎を築いている。

株式会社 いたがきは、この街で1982年に創業し、鞄メーカーとして歴史を刻んできた。主力となるプロダクトは、タンニンなめしの革を用いた存在感のある鞄だ。

若手からベテランまで、幅広い年齢層の職人が働く工房は活気がある。

タンニンなめしとは、植物から抽出した渋(タンニン)を使い、数ヵ月かけて皮をなめす手法のこと。完成した革は堅牢性が高く、使い込むごとに深みのある色合いに育っていく。また、環境負荷が少なく、時を経て土に還すことができる。

「当社は、創業者である父の板垣英三の意向により、創業以来タンニンなめしの革を使っています。当時、タンニンなめしの革は、製造に手間がかかることから生産量が減っていましたが、父は『なくなってからでは遅い』と考え、経年変化が楽しめるタンニンなめし革の鞄を主軸とすることにしました」

代表取締役会長の板垣江美さん(右)と、13年使っている鞄を持つ販売部長の寺田尚由さん。

そう語るのは、代表取締役会長であり英三さんの息女である板垣江美さん。英三さんは、15歳から徒弟制度の中で鞄づくりを学んだ叩き上げの職人だ。高度経済成長期には、大手鞄メーカーでスーツケース開発の現場長として活躍するが、一方で、昔気質の職人たちが仕事を失っていくことに一抹の寂しさを覚え、時代に翻弄されて失われていく鞄づくりの技術を残すべく同社を設立。ものづくりの原点に立ち返り、丁稚時代から慣れ親しんだタンニンなめし革を使い、情熱と技術を注ぎ込んで鞄づくりをする決意を固めた。英三さんは2019年7月に亡くなったが、「妥協しない、真似はしない、無駄にしない」というものづくりの姿勢は、今も同社に息づいている。

「私自身、催事でお客様と接する際は、製品説明よりも先に、板垣英三さんのバックボーンやイズムをお伝えするようにしています。当社のものづくりの背景を知っていただくことで、プロダクトへの理解が深まり、見方や捉え方が変化するように思うからです」

そう話すのは、販売部長の寺田尚由さん。英三さんのDNAを感じさせるエピソードだ。

曲線の美しさが光る代表作「鞍ショルダー」

同社のものづくりの姿勢を象徴する第一作目であり代表作でもあるのが、馬具としての鞍(くら)をモチーフとした「鞍ショルダー」である。厳選したタンニンなめし革を使い、その特長を生かしてなめらかな曲線美を表現している。

鞍ショルダーの被せ部分。一つひとつのパーツを丁寧につくっていく。

「鞍ショルダーは、完成形が中々見えずに苦労し、開発までに1年半かかっています。最終的には、父のアイデアでショルダーストラップに取り付けるパーツを手縫いすることになり、形状にまとまりを持たせることができました。革の手縫いができる父だからこその発想だと思いますし、このパーツが手縫いでなければ、画竜点睛を欠くようなバッグになっていたと思います」

マイナーチェンジを繰り返しつつ、ベースとなる製造方法は変えていないという鞍ショルダー。丸みを帯びた独自のフォルムにするためには、固く張りのあるタンニンなめし革を使い、50個以上のパーツをふっくらと立体的に仕上げる必要がある。特に重要な工程となる手縫いについて、江美さんは「厚い革に針を通すためには、熟練の技術が必要です」と、話す。その魅力はが多くの人々に伝わり、ロングセラーとなっている。

裁断の風景。端切れ革も小物類などに使って余らせない。

バッグ用に型を抜いた革の端切れは、英三さんの「無駄にしない」という教えを守り、財布などの小物などに使用。余った革を有効活用して製造したアイテムからは、鞍ショルダーシリーズ同様、タンニンなめし革を活かすという確固たる信念が感じられる。

「バッグでも小物でも、重要なのは製品を開発した当初の目的や理由を忘れないことです。お客様のニーズを捉えることはとても大切ですが、すべての要望を受け入れてしまったら芯がぶれてしまう。鞍ショルダーのように、長く変わらない製品の良さは必ず伝わると信じています」(江美さん)

開放感のあるショールーム。さまざまなプロダクトが並ぶ。

同社をより深く理解したいのなら、小高い丘の中腹に建つ本社屋「いたがきガーデン・エコファクトリー」を訪れるのがおすすめだ。吹き抜けのショールームでさまざまなプロダクトを手に取れるだけではなく、平日はガラス越しに職人たちの仕事ぶりを見学することもできる。また、併設のカフェにはウッドデッキがあり、絶景を眺めながらおいしいコーヒーやソフトクリームを味わえる。こうした取り組みがファンづくりにつながっている。

左から鞍ショルダー(小)、馬蹄ドル入れ、鞍 キーケース、あぶみキーホルダー。

「時代が急速に変化している中では、ただものづくりをしているだけでは取り残されてしまいます。修理やアフターケアといったサービスでお客様との信頼関係を築きつつ、社内における情報発信、人材育成、素材調達などにもさらに力を入れていきたいです」と、江美さん。寺田さんは「販売責任者という自分の立場を踏まえ、若い世代に対していたがきの本質を伝えていきたいです」と、意気込む。

いたがきの本質とは、先人の思いと技を受け継ぎ、変わらぬ勇気を持つこと。時代に左右されないものづくりの理念は、北の大地にどっしりと根を下ろしている。
2023/8/29 公開
このページをSNSでシェア!
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINE