職人の繊細な仕事が唯一無二のソフトレザーを生み出す
伊藤産業株式会社(埼玉県草加市)
独自の創意工夫で革をやわらかく、しなやかに
日本のタンナー集積地のひとつとして知られる埼玉県草加市。この街に初めてタンナーが進出したのは1935年のこと。豊かな水源を持ち、革問屋が集う東京・浅草に近いことを理由に、東京が手狭になった職人たちが続々と転入。高度経済成長期をピークにタンナーの数は減少傾向となった。その後、草加レザーに惹かれたメーカーやクリエイターが集まるようになり、原皮調達から製品化までを市内で賄える国内でも稀有なレザータウンに成長した。
伊藤産業株式会社は、そんな革の街で1952年に創業した歴史あるタンナーだ。時代のニーズに沿った本革を世に送り出し続け、70年を超える年月を歩んできた。
取締役社長の伊藤達雄さんは、同社の革づくりの変遷をそう振り返る。これまで蓄積した技術を活かしたソフトレザーは、取引先から高く評価されている。
現在、仕入れている皮の7割は羊で、そのほかに、カンガルー、バッファロー、鹿などを扱っている。これらの素材を使ってソフトレザーをつくるための工程には、いくつかのポイントがある。
天井の高い三角屋根の干し場で行う自然乾燥も大切な工程だ。「窓から入る風でゆっくり乾かすことで、ソフトレザーに適した風合いになります」と、達雄さん。
塗装においても、革の表面にスプレーを薄く、複数回吹き付けることで、透明感と柔軟性を付与する。丁寧で繊細な仕事によって、唯一無二のソフトレザーが完成する。
甲州印伝用の鹿革から機能性レザーまで多品種を製造
ソフトレザーの一種として、甲州印伝用の鹿革も生産している同社。甲州印伝とは、鹿革に漆で模様付けをした山梨県の伝統工芸品のこと。現在は、息子の伊藤公則さんが製造を担当している。
長く製造している革がある一方で、新たなチャレンジにも積極的だ。2009年からはエコレザーの製造を始め、同時期にステンレスドラムを導入。達雄さんは「木製のドラムと違い、使用後の洗浄が容易ですし、水温やpHのコントロールができるのでエコレザーの製造に適しています」と話す。
また、「革きゅん」企画で、篠原ともえさんがデザインを手掛けた「THE LEATHER SCRAP KIMONO」の制作にも協力。同社を含む市内の皮革業者が連携し、素材となるエゾシカの革の製造などを行った。「この時に使用した鹿革にも、当社のソフトレザーづくりの技術が活かされています」と、達雄さんは話す。同作は2022年2月、世界的な広告賞であるニューヨークADC賞2部門および東京ADC賞を受賞、草加レザーにスポットが当たったことは記憶に新しい。
「サステナブル素材が注目を集める今の時代は、副産物である本革の魅力をアピールする絶好の機会でもあります。行政のバックアップを受けつつ、皆で切磋琢磨して付加価値のある革づくりを行い、レザータウンとしての草加をさらに活性化していきたいです。その際に、当社のソフトレザーの存在を知ってもらえたらうれしいですね」